絵本といっしょに ~ちょびっとクラブ~

絵本をこよなく愛するメンバーによる、良質な絵本を楽しむクラブです。メンバーのひとり、Kの日々思うこと。

どうながダック

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どうながダック

永田  力  作・絵

福音館書店

 

青年期に出会った絵本です。

書店で見かけ、すっかり気に入ってしまいました。(画像は月刊誌のものですが、書店にあったのはハードカバー版で、そちらを購入しました。)

福音館書店の「こどものとも年中向き」シリーズですから、本来、4~5歳の子どもたちの読者を想定して作られた絵本です。(最初は「こどものとも」として発表されましたが、その後改めて「こどものとも年中向き」として出版されたようです。)

しかし、この絵本、小さな子どもより思春期を過ぎたあたりからの読者の方がファンが多いかもしれません。

 

全編、主人公のダックスフンドのモノローグで綴られたストーリーです。

彼は幼少期から、2羽のアヒルといっしょに飼われています。そのアヒルたちからのいじめに耐え、成長する主人公ですが…

 

昔話のような勧善懲悪や、輝かしいハッピーエンドを迎える訳ではありません。

淡々と過ぎ行く日常と、残酷なまでに静かでリアルな展開に、驚かされます。

しかも、画面も、彩度の低い一色のみの背景に、ほとんど輪郭だけの控えめな描かれ方の登場人物という、大人向けの小説の挿絵のような雰囲気なのです。

この絵本を読んだ小さな読者は、ダックスフンドの心情とその行動の意味をどこまで理解できるでしょうか。

 

ひょっとしたら、小さな読者は、なぜダックスフンドが派手な行動を起こさないのか、アヒルたちはなぜいつまでも態度を改めようとしないのか、不思議に思うかもしれません。

しかし、青年は知っています。

自分が魔法のように変身したり、相手が都合良く改心したりはしないことを。

それでも、そのような世の中で、自分なりの善を求めて生きていくしかないことを。

ダックスフンドの目の前にはさまざまな選択肢があったのに、正直でありたい、善良でありたいという譲れない一線を守り抜く。そのためにがっかりする。だけどそれは本当の失望ではなく、むしろ安堵とかすかな、しかし確かな希望なのだと胸を張って生きていく…

 

そのようなダックスフンドに自分を重ね合わせ、これで良いのだと言い聞かせる。

青年期の私には、この絵本は心に染み入る大切な一冊でした。

 

この絵本の初版は1966年。日本の創作絵本の黎明期に当たります。(福音館書店が「こどものとも」を発行したのはその10年前ですが、日本ではまだまだ創作絵本は手探り状態だったようです。)

試行錯誤の末に作られたこの絵本が、場合によっては、幼児期の人間の共感を得るよりも、青年期以降の人間のカタルシスとなるとは、作者も思いもよらなかったかもしれません。あるいは、連続した人格への尊重がわざとこのような作品を生み出したのか…

いずれにしても、この頃の絵本には、「子どもだまし」から脱却しようとする骨太な絵本が多く見受けられるような気がします。

そのような絵本の中でも、こちらの一冊はとりわけシビアな作品です。

 

当時の子どもたちがすでに老齢に差し掛かるほどの年月が経ちました。

その間に日本では数多くの絵本が出版され、子どもという読者がどのように絵本を読むのか、かなりの量のデータが集まってきました。

そうして今や私たちの周りには「子どもだまし」ではない、しかし子どもの心の発達に寄り添った絵本がたくさんあります。

そのような中で、この地味な絵本は、小さな読者に親しく受け入れられているのでしょうか。

少なくとも、もともと月刊誌であったこの本がハードカバーとなって出版された経緯を思えば、この本は子どもの読者に一定の人気があったということです。

 

私の感触では、小さな読者の多くはこの絵本をその場で繰り返し読むことは少ない気がします。

しかし、その記号的なほどにシンプルな絵をところどころ不思議に思ったり、エピソードを断片的に捉えたりしたことは印象に残っているかもしれません。

そしてそのまま心の奥深くにそっとしまわれます。

 

幼少期にこの絵本を幼稚園で読んでもらったという大人に、何十年か振りにこの絵本を読んでもらい感想を聞いてみました。

すると、この絵本の内容を覚えていたわけではなかったのに、自分が今までこのダックスフンドのように考え、行動してきたことに気付いたそうです。

 

決して派手なところがなく、しかも白目の犬に見つめられる表紙のため、子どもたちの手に取られることが少ないようなこの絵本。だけど長く読み継がれている理由が分かるような気がします。

 

月刊誌で終わらずに、書籍になって何十年も経ってから書店に並んだおかげで、私はこの味わい深い絵本に出会えました。

これからも大切に読みたい一冊です。