あるきだした小さな木
『あるきだした小さな木』
テルマ・ボルクマン・ドラベス 作、
シルビー・セリグ 絵、花輪莞爾 訳
あまり外にでない日が続いています。
こう外へ出ないと、だんだん出歩くのが億劫になってきます。おまけに近頃天気も良くない。このまま根っこが生えてしまいそう…
そんな中、このロングセラーを開いてみました。
日本では1969年に発表されたフランスの美しい童話の本です。
いわゆる絵本ではありませんので、絵は挿絵として描かれていますが、いかにもフランスを感じさせる装飾的で色彩豊かな絵です。
いつまでも眺めていたくなるような優しく繊細な絵に魅了されますが、ストーリーも同じように優しく読者を導いてくれます。
通常はその場に留まり、自力では決して動くことのない木という存在。それがこの物語では、地面から根を引き抜き、意志を持って歩き出すのです。
両親に守られ、穏やかに暮らしていた小さな木は、偶然見かけた人間に魅力を感じ、彼等と仲良く楽しく過ごすことを夢見て歩き出します。
自分の目で広い世界を見てみたい!という好奇心と、愛する人々に囲まれて、心穏やかに暮らしたいという気持ち。相反するようですが、その二つの気持ちのバランスを取りながら生きていくことが大切なのではないかと感じさせてくれるお話でした。
この本には、巻末に作者から日本の読者へのメッセージと、訳者のあとがきが載っています。
この二つの文章が、またとても素晴らしいものです。
日本の子どものみなさん。いまも、そして大きくなってからも、日本のうつくしいものをしっかりまもってください。しぜんをだいじにする心を、ゆうきを、人のいのちをとうとぶ心を、しっかりもってください。
『あるきだした小さな木』p64~p65
「日本のみなさんへ」より
こんな優しく美しい物語を書ける人は、やっぱりこんなに優しい素敵な人なのだなと感じさせるメッセージです。
訳者の花輪莞爾氏のあとがきも鋭い文章です。この本のテーマと魅力を余すところなく伝えています。
彼は、「自由」「独立」「愛情」というキーワードを使い、この物語を分析していますが、私たち人間にとっていつでもどこででも大切なことを改めて示してくれているようです。
閉塞感を感じ、気持ちまで内に籠りそうになっているところへ、この本は優しく手を差し伸べてくれました。
もう少ししたら、私も重たい根っこを引き抜いて歩き出せるようになるのかな…それまでに十分に力を蓄えておかなくちゃと思います。