絵本といっしょに ~ちょびっとクラブ~

絵本をこよなく愛するメンバーによる、良質な絵本を楽しむクラブです。メンバーのひとり、Kの日々思うこと。

「あの人たちだけずるい」

子どもたちが小さい頃、よく企業の舞台イベントに申し込んで観に行っていました。

とある企業のイベントは、毎年夏に決まったホールで行われていたのですが、そこのホールの管理スタッフの中に、一風変わった人がいました。

 

彼は、開場時刻前に観客がホールの入口付近に滞在するのをひどく嫌がっていました。

そのホールは外に面した正面の入口のすぐ内側がホワイエになっているため、開場時刻になるまで中に入れないのですが、真夏の強い日差しを避けて、入口の軒先に近付く親子連れを、彼は威圧的に追い払うのです。

それが分かったので、例年、私たちは開場ギリギリまでなるべく建物に近付かす、すぐ近くの美術館に滞在することにしていました。

しかし、ある年、そのイベントは、美術館の休館日に重なってしまいました。近くには他に大きな建物はありません。

私たちは正面は避けつつも、建物の陰で暑さをしのいでいました。ところがそこへも彼は注意しにきました。

その時、確か私は彼に、今日はとても日差しが強いこと、子連れで日向にいると熱中症になるリスクがあることを訴えたと思います。(彼にそのように話したことは覚えているのですが、その時の彼のリアクションは全く覚えていません。おそらく、大きな反応はしなかったのではないかと思います。少なくとも彼に言い返された記憶はありません。)

 

ところで、その正面入口の横の方に別の入口があり、そこの内部はホールと直接つながっていないので、たくさんの人たちが中に入って涼んでいました。

私たちもそちらへ移動しました。ごみごみとしていて、あの管理スタッフにとっては面白くない状況なのではないかなと思っていたところ、やはり彼が来ました。そして、中の人々を追っ払い始めたのです。

その時、私の近くにいた女性(私と同じ、子連れのお母さん)の口から出てきた言葉を私は今でも忘れません。

「あの人たちだけずるい。」

 

彼女が指す「あの人たち」というのは、どうも随分前からそこにいて、ずっと注意を受けなかった人たちがいたらしく、その人たちのことを指しているようでした。

私が彼女の言葉に衝撃を受けたのは、それが理不尽な管理スタッフへの正面からの反発ではなかったからです。

なぜ彼女に何の関わりもなく影響力も及ぼさない「あの人」たちへ、彼女の意識は向くのだろうかという驚きです。

 

「みんなも理不尽な思いをしているなら私は我慢する。」あのお母さんの中にはそのような気持ちがあったのでしょうか。それが思わずあのような言葉となり、口から出てきたのでしょうか。私は彼女ではないので分かりません。

だけど、私はあの時、この社会の一部を構成している「全体主義的なメンタル」というものを垣間見た気がしたのです。

 

あれから10年以上経ち、あのホールへ行く機会もほとんどなくなってしまいました。あの高齢の管理スタッフの方も、まだお仕事を続けられているのかどうか分かりません。

しかし、あの時聞いてしまった「あの人たちだけずるい」という言葉、最近、あちこちで呟かれているような気がして…そしてそれは子どもたちにも聞こえているような気がして、私は少し憂鬱な気分になるのです。